一時的なものでなく継続的なものを

こんにちは。栃本常善です。

 

多くの人は、一時的なものだったり、短期的ことに意識が向いていると思います。


一時的、あるいは一過性と言ってもいいかもしれませんね。また、一見すると良いことをしていると思いきや、別の人にとってみれば、ものすごく迷惑だったり、嫌がられていることがあったりします。



これも、一過性であり、一時的、短期的なものなのです。なぜなら、継続したいと思っていても、身近な人が嫌がっているわけですから、必ずどこかのタイミングで外的な圧力がかかり、中断せざるを得なくなってしまうのです。



これはどんな人でもあると思います。



私の例で行きましょう。早起きする習慣を作っていこうとした時に実際に起きたことです。これから変化をし、新たな習慣を作ろうとする方は必見です。特に家族がいる方向けかもしれません。



極端な変化をするとき、必ずそれによって別の負担がかかるということを私たちは知らないといけません。

例えば、朝4時半に起き、瞑想をして、5時半には家を出て、会社あるいはカフェに行く習慣を作りました。しかし、この習慣は2週間も持たずに一時中断することになりました。


それは、妻の圧力によってです。



「なんで、急に早起きして、朝早く出るようになったん?家事とか子供の面倒とか、洗濯とか全部1人でやらないといけない。なんか一つくらいでも手伝ってよ」



確かにそうだ。勝手すぎる。



私は早起きして、自分のために良い習慣を作ろうと思ったけど、妻にとっては良い習慣でも何でもない。むしろ、悪い習慣でしかない。



だから、私は、この習慣の中に、家族のための習慣も一緒に連結させるようになりました。



今日もそうですが、洗濯物を干す。うさぎのゲージやトイレの掃除、餌やり、水換え。そして、子供の朝食の準備(これはたまにです)。



この習慣を取り入れるようになってからは、むしろ逆になって、早起きできない時は、「あれ?早起きはしなくなったの?」と言われるようになり、むしろ習慣化が定着しなくなりかけている時は、妻からのソフトコーチングが入るようになり、続けやすくなっています。



そう、自分のためだけの習慣化ではなく、人に貢献する、周りのためになる習慣を作ることで、結果的に周りから応援されるようになることが、習慣化の定着のコツなのだと今回の経験から学ぶことができました。

 

34歳にして、やっと気づきました。



表面的にはとても良いことで、継続的なものに見えていても、実は良くないことで、一時的になってしまうことって結構あるし、多くの人はそうなってしまっていると思います。



私の今回の経験が、あなたの参考になれば幸いです。



最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。